震えるメス 【伊野上裕伸】

震えるメス 医師会の闇 (文春文庫)

震えるメス 医師会の闇 (文春文庫)

バッタ屋とか保険調査会社の調査員の経歴を持つ著者による小説。

要点としては、
・通常の保険は健保をつかう(メリット:治療費が安い。デメリット:十分な治療ができない場合がある)
・交通事故などの場合は、健保を使わずに保険を利用(メリット・デメリットは上の逆)

医療機関にとっては、自由に診療できてたくさんのお金を得られる交通事故はうまみのある患者だが、逆に保険機関にとっては健保を使って多額の保険金を払いたくないわけで、対立が発生します。

この小説では医療機関がいい加減な治療で多額の請求をするケシカランやつだという設定ですが、実際には医療機関がケシカランケースと保健機関がケシカランケースの両方があると思います(あくまで想像ですが)。

ストーリーの構成も結構しっかりしていて面白かったです。

下記備忘録:

病気やけがの治療は、健保(老人医療も同様)か労災を使って支払われるのが一般的である。
どちらも国が関与し、治療費は点数化されている(健保は一点十円、労災は一点十二円)。労災なら自己負担は不要だが、健保であっても治療費全体の二割か三割を負担すればよい。
しかし健保では最善の治療は望めない。
国が治療方法や検査の内容と回数、使用薬剤を制限しているのだ。乱暴に言えば、国が援助する治療なので施しの範囲を超えてはならない、ということだ。
これに対し、患者本人に責任のない、交通事故など第三者によるけがは、原則として健保も労災も使用できない。それを補うために自動車保険があるのである。自賠責保険と任意保険である。
これらは自由診療で、医療機関が治療費を決めることができる。おしゃれが目的の美容形成や、矯正歯科、患者の希望で良質の材質を使用する場合の入れ歯や差し歯と同じと考えればよいだろう。
交通事故の場合、治療費の単価は二十円から三十円に設定され、治療法の選択も医師の裁量に任されている。強欲な医師たちが救急医療に参入したこともあって、交通事故の医療費は青天井で膨れ上がった。これが自動車の保険料が値上げされる最も大きな要因になったのだ。
(中略)
医療機関は、自由診療による既得権益を死守すべく、医療事務に明るく、なおかつ鉄面皮で弁が立つ事務長や医事課長を配置する。損保もまた、この牙城を切り崩そうと手段を弄した。自社のスタッフを教育する一方、外部の剛腕の保険調査員を暗躍させた。
十年ほど前、煩わしさを避けるため、損保会社が出資する最も権威ある団体、日本損害保険協会と、自算会(自賠責保険を管理運用する国土交通省管轄の特殊法人自動車料率算定会のこと)が日本医師会と交渉を重ね、交通事故独自の協定料金を設定した。労災を五十銭だけ上回る十二円五十銭という単価だ。しかし、地域医師会がそっぽを向いた。困った日医が、頭ごなしの押し付けは独禁法に反するという理由をつけて、採用の可否を医療機関に任せたことから、現在もなお、両者のせめぎあいは続いていた。

(p.45-47)